黒太子エドワード~一途な想い

ナバラ王、去る

 一方、部下の騒ぎを落ち着かせるために酒場に向かったカルロス2世は、あまりの惨状とパリ市民の憤りの凄さに、目を丸くしていた。
「イングランド人なんて、出て行け! お前達のせいで、どれだけ迷惑をこうむっていると思ってるんだ!」
「そうだ、そうだ! 出て行け!」
 先日までは、マルセルが先導役だったのだが、現在ではごろつきのような身なりも目つきも悪い男が主導者になっていた。
「何だと! 我らは、お前達の代表のマルセルって野郎に呼ばれて、わざわざ来てやったっていうのに!」
「『来てやった』だと? 偉そうに!」
「本当のことだろうが! ジャックリーの乱で、荒れていたんだろう?」
 その言葉に、「出て行け!」と叫んでいた男達も顔を見合わせた。
「そ、そりゃあ、ボーヴェ等から逃れてきた農奴達が流れ込んできて治安が悪くなったが、そんなの、2年前のポワティエの時も同じだったぞ!」
「じゃあ、俺達が出て行っても、自分達だけでここを守れるんだな?」
「ああ、守ってやるさ! だから、出て行け!」
 一人の男がそう叫ぶと、他の男達もそれにのっかるように口々に「出て行け!」と叫び、近くにあったコップ等を投げ出した。
「こりゃ、酷い……」
 その様子を見て、カルロス2世も思わずそうつぶやき、顔をしかめた。
「殿下!」
 そのつぶやきで彼がその場に居ることに気付いた兵士がそう言いながら近寄ると、彼は顔をしかめたまま言った。
「しょうがない。お前達、ここを出るぞ!」
 そして、さっさとそこを出ると、兵士達もそれに続いた。
 だが、パリ市民の憤りは、それで収まりはしなかった。
「追え! 奴らを逃がすな! パリから出るまで、追え!」
 誰がそう叫んだのかは分からないが、一人がそう叫ぶと、他の者もそれに従って、兵士達を追い回した。
「くそ! しつこい奴らだ! これなら、ノルマンディーに戻った方がいいか……」
 カルロス2世は顔をしかめながらそう言うと、兵士達を連れて、一旦、パリを後にしたのだった。
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