黒太子エドワード~一途な想い
マルセル、惨殺される
「何? ナバラ王が市外に出たのか?」
年配の侍従のその報告に、エティエンヌ・マルセルはホッとした表情になった。
「放置しておいて宜しいのですか?」
「よい。放っておけ!」
マルセルはそう言うと、手で「出て行け」と合図した。
年配の侍従はそれを見るとため息をついて、その場を後にした。
──それから間もなくのことであった。マルセルの家の周囲が騒がしくなったのは。
「何だ、一体?」
そう言いながら窓の外を見たマルセルは、目を丸くした。
外を既に男達によって囲まれていたからだった。
「まさか、私を襲いに来たということは無いよな? 私は、これでも、何度もパリの為に働いてきたんだから……」
そうつぶやく彼の脳裏には、2年前の1356年10月17日のラングドイル三部会のことや、2月にルーブル宮に乱入した時のことがよみがえっていた。
「あれからまだ、半年足らずだぞ……」
そうつぶやきながら、マルセルは部屋を出て、階下に降りて行った。
一階のホールでは、使用人達が集まって、ドアを押さえていた。
「旦那様!」
マルセルを見つけた使用人の一人がそう呼ぶと、彼は周囲を見回しながら尋ねた。
「何だ? これだけしかいないのか? 侍従長はどうした?」
「出て行かれました……。後のことは、お前達だけで何とかしろとおっしゃって……」
「何だと! あのじじい、これまでの恩を忘れやがって!」
マルセルが目を吊り上げてそう言った時、ちょうど限界だったのか、ドアが壊れて、平民達がホールになだれこんできた。
「いたぞ! エティエンヌ・マルセルだ!」
「殺せ!」
「やっちまえ!」
その叫び声にマルセルは目を丸くし、その場から逃げたが、すぐに男達に捕まってしまった。
「おい、もう二度とイングランド兵を呼べないようにしちまおうぜ!」
床に倒れたマルセルを見下ろしながらそう言ったのは、2月にルーブル宮に押し掛けた時、彼に本当に黙っているのかと尋ねた、あのみすぼらしい身なりの男であった。
が、マルセルはそれに気付く間もなく、殴り倒されていた。
使用人達は、彼の主人がそんな風に襲われている間に逃げ出していた。そうしないと、自分達も襲われると思って。
一番最初にその屋敷を後にしていた年配の侍従長は、少し小高い丘から、町の一画から火の手が上がるのを見ていた。
そこは、マルセルの屋敷の辺りであった。
が、現在は農民のような質素な服装に着替えた年配の男は、それを見てもため息をつき、小さな声でつぶやくだけだった。
「私の名もジャックで、父もパリ郊外の農民でした。父のことまで配慮されなくても、せめて私の名だけでも覚えていて下さっていたら、お助けしたのですが……。自業自得だったのですよ、マルセル様」
彼はそうつぶやき終わると再びため息をつき、その場を後にした。
──その後の彼の足取りは、不明である。
年配の侍従のその報告に、エティエンヌ・マルセルはホッとした表情になった。
「放置しておいて宜しいのですか?」
「よい。放っておけ!」
マルセルはそう言うと、手で「出て行け」と合図した。
年配の侍従はそれを見るとため息をついて、その場を後にした。
──それから間もなくのことであった。マルセルの家の周囲が騒がしくなったのは。
「何だ、一体?」
そう言いながら窓の外を見たマルセルは、目を丸くした。
外を既に男達によって囲まれていたからだった。
「まさか、私を襲いに来たということは無いよな? 私は、これでも、何度もパリの為に働いてきたんだから……」
そうつぶやく彼の脳裏には、2年前の1356年10月17日のラングドイル三部会のことや、2月にルーブル宮に乱入した時のことがよみがえっていた。
「あれからまだ、半年足らずだぞ……」
そうつぶやきながら、マルセルは部屋を出て、階下に降りて行った。
一階のホールでは、使用人達が集まって、ドアを押さえていた。
「旦那様!」
マルセルを見つけた使用人の一人がそう呼ぶと、彼は周囲を見回しながら尋ねた。
「何だ? これだけしかいないのか? 侍従長はどうした?」
「出て行かれました……。後のことは、お前達だけで何とかしろとおっしゃって……」
「何だと! あのじじい、これまでの恩を忘れやがって!」
マルセルが目を吊り上げてそう言った時、ちょうど限界だったのか、ドアが壊れて、平民達がホールになだれこんできた。
「いたぞ! エティエンヌ・マルセルだ!」
「殺せ!」
「やっちまえ!」
その叫び声にマルセルは目を丸くし、その場から逃げたが、すぐに男達に捕まってしまった。
「おい、もう二度とイングランド兵を呼べないようにしちまおうぜ!」
床に倒れたマルセルを見下ろしながらそう言ったのは、2月にルーブル宮に押し掛けた時、彼に本当に黙っているのかと尋ねた、あのみすぼらしい身なりの男であった。
が、マルセルはそれに気付く間もなく、殴り倒されていた。
使用人達は、彼の主人がそんな風に襲われている間に逃げ出していた。そうしないと、自分達も襲われると思って。
一番最初にその屋敷を後にしていた年配の侍従長は、少し小高い丘から、町の一画から火の手が上がるのを見ていた。
そこは、マルセルの屋敷の辺りであった。
が、現在は農民のような質素な服装に着替えた年配の男は、それを見てもため息をつき、小さな声でつぶやくだけだった。
「私の名もジャックで、父もパリ郊外の農民でした。父のことまで配慮されなくても、せめて私の名だけでも覚えていて下さっていたら、お助けしたのですが……。自業自得だったのですよ、マルセル様」
彼はそうつぶやき終わると再びため息をつき、その場を後にした。
──その後の彼の足取りは、不明である。