黒太子エドワード~一途な想い

デュ・ゲクランと王太子

「『ブロセリアンドの黒いブルドッグ』? 凄い名だな!」
 1358年、パリに招き入れられて一息ついた後、王太子シャルルはその名を口にして苦笑した。
 この時、王太子は20歳。
 対するベルトランは、既に38歳であった。
「ポントルソンの守備隊長でもあり、レンヌを守り抜いた、とも報告にあるが、まことか?」
 彼がすぐ傍に居た侍従にしては動きやすく、簡素な格好の男に尋ねると、彼は頷いた。
「はい。元々、ブロワ伯に仕えていて、その関係で、モンフォール派のランカスター公ヘンリー・オブ・グロスモントとも対立したようでございます」
「ほう。そして、レンヌも守ったと?」
「そのようでございます」
「ふふ……。なかなか使えそうな奴ではないか」
 王太子シャルルはそう言うと、にやりとした。
「今はどこにいる? まだレンヌか?」
「いえ。そのレンヌでの活躍が認められ、ポントルソンだけでなく、モン・サン=ミシェルの守備隊長にも命じられたので、そちらにも顔を出しているようでございます」
「ほう……。モン・サン=ミシェルか……。ならば、パリにも顔を出してもらおうか」
 王太子シャルルが深い森を思わせる、深い緑色の瞳をきらりと輝かせてそう言うと、簡素で動きやすい恰好の男は頷き、すぐにその場を後にした。
 彼は、侍従というよりは、現代の事務次官に近い立場で、主であるフランス王太子シャルルの意向を直接、現場に伝え、実行されるように図っていた。
 それ故、今までの形式に囚われることなく、動きやすい恰好しかしていなかった。
 出身は、一応貴族の子弟ではあったが、地方の小さな貴族の次男坊以下で、あまり相続するものが無い者を選んでいた。
 その辺りのことも、進歩的な王太子シャルルならではの考えであったと言える。
 そして、その進歩的な考えとそれを実行に移せる行動力こそが、彼の力を増大させていくのだが、この頃はまだ当の本人も、その手先となって働いている男も気付いてはいなかった。

 一方のベルトラン・デュ・ゲクランはというと、まだ王太子が自分に興味を持ったとは知らず、無頼漢のような生活をしていた。一応、4年前に騎士には叙任されていたのだが。
 「ブロセリアンドの黒いブルドッグ」や「鎧を着た豚」などと言われるだけあって、彼は大柄で、ぽっちゃりしていた。
 目は「ブルドック」と言われるだけあって、大きくて丸く、愛嬌があったが、顔の形は四角かった。
 現代風に言うと「少し締まったお相撲さん」か「ぽっちゃりだけど、四角い顔」だろうか。
 いずれにしても、「モテル」というのとは無縁の外見であった。
 そのうえ、得意なのがゲリラ戦法で、酒場で部下と騒ぐのが何より好きという、困った性格の持ち主でもあったのである。
「よっしゃあ! 今日も飲むぞ~!」
 守り切ったレンヌではなく、先日守備を命じられたモン・サン=ミシェルの城下の酒場で、色黒で、四角い顔の男はそう叫び、ジョッキをかかげた。
 それにつられて、周囲にいた兵士らしい男達もジョッキをかかげて乾杯する。
「ベルトラン、毎晩こんなことばかりやってると、いくらトゥール貨で結構な額の報酬を貰ったからって、すぐになくなっちまうぞ!」
 ベルトランより小柄な銀髪の男がそう言うと、彼はにっと笑いながら、その男に近づき、その肩を乱暴に抱いた。


< 86 / 132 >

この作品をシェア

pagetop