黒太子エドワード~一途な想い
ムランの包囲戦へ
「アンヌ、一体、何だったの?」
そう言いながらティファーヌ・ラグネルがホールの階段を降りて行くと、そこには見慣れた男がいた。
「オリヴィエ……?」
先日会ったばかりのベルトランの弟の顔を見て、ティファーヌはそう言うと、ガウンの襟を合わせた。
「ああ、お休み中のところ、申し訳ありません!」
そう言って軽く頭を下げながらも、彼の顔は微笑んでいた。
兄のいびきが遠くから聞こえてきていることといい、昨晩はうまくいったに違いないと分かっていたので。
「どうしても、その……命令がきてしまったものですから……。本当は、折角の逢瀬を邪魔するようなことはしたくなかったのですが……」
オリヴィエのその言葉に、ティファーヌは艶々している顔をしかめた。
「命令ということは、又、戦争なんですの?」
「はい……。今度は、ムランの包囲戦だそうです」
「包囲戦……。ということは、長期戦ですわね?」
「おそらく……」
オリヴィエのその言葉に、ティファーヌは肩を落とした。
「しかも、ムランというのは、ここから遠いのではなくて?」
「そうですね。パリの南東部らしいです」
「パリ……」
その大都市の名を聞くと、ティファーヌは再び肩を落とした。
「かなり遠いですわね。ここ、ブルターニュの地から何日かかることか……」
「早馬なら数日で行けるかもしれませんが……」
オリヴィエのその言葉に、ティファーヌは作り笑いで応えた。
「それは無理でしょう。殿方なら出来ても、私にはそんな芸当、出来ませんし……。慰めてくれる気持ちは嬉しいけれど……」
「では……」
「待っていますわ。あの人の帰りを、ここで、ずっと」
そう言うと、ティファーヌは寂しげに微笑んだ。
「今までだって、ずっと一人だったんですもの。結ばれた今、待っていることなんて、たいして辛くありませんわ」
「申し訳ありません……」
同じ家族を持つ身として、「待つ」ことの辛さを何度も経験しているオリヴィエは、そう言って頭を少し下げた時だった。
「心配するな。俺はすぐ、帰って来るからな!」
そう言いながら、下着を慌てて着たらしいベルトランが階段を降りて来たのは。
「ベルトラン……」
彼の名を呟くティファーヌの目には、既に涙がたまってきていた。
「心配すんなって! すぐ元気で戻って来るからよ! そしたら、結婚式をちゃんと挙げて、ここで暮らそう。な?」
ベルトランが微笑みながらそう言うと、ティファーヌは目に涙を浮かべながら、彼にだきついた。
「待ってる! ずっと、待っているわ! だから、絶対に無事に帰って来てね!」
「おう! 任せろ!」
ベルトランはそう言うと、ティファーヌを抱きしめた。
彼は、その数日後にはそこを後にし、イル・ド・フランスのムランに向けて出発した。
そこで包囲戦に参加したのだが、残念なことに、その戦で初めて、ベルトランは捕虜になってしまったのだった。
そのせいで、ティファーヌとの結婚は、4年後の1363年まで延びてしまうのだが、彼女は一途に婚約者の帰りを待っていたという──。
そう言いながらティファーヌ・ラグネルがホールの階段を降りて行くと、そこには見慣れた男がいた。
「オリヴィエ……?」
先日会ったばかりのベルトランの弟の顔を見て、ティファーヌはそう言うと、ガウンの襟を合わせた。
「ああ、お休み中のところ、申し訳ありません!」
そう言って軽く頭を下げながらも、彼の顔は微笑んでいた。
兄のいびきが遠くから聞こえてきていることといい、昨晩はうまくいったに違いないと分かっていたので。
「どうしても、その……命令がきてしまったものですから……。本当は、折角の逢瀬を邪魔するようなことはしたくなかったのですが……」
オリヴィエのその言葉に、ティファーヌは艶々している顔をしかめた。
「命令ということは、又、戦争なんですの?」
「はい……。今度は、ムランの包囲戦だそうです」
「包囲戦……。ということは、長期戦ですわね?」
「おそらく……」
オリヴィエのその言葉に、ティファーヌは肩を落とした。
「しかも、ムランというのは、ここから遠いのではなくて?」
「そうですね。パリの南東部らしいです」
「パリ……」
その大都市の名を聞くと、ティファーヌは再び肩を落とした。
「かなり遠いですわね。ここ、ブルターニュの地から何日かかることか……」
「早馬なら数日で行けるかもしれませんが……」
オリヴィエのその言葉に、ティファーヌは作り笑いで応えた。
「それは無理でしょう。殿方なら出来ても、私にはそんな芸当、出来ませんし……。慰めてくれる気持ちは嬉しいけれど……」
「では……」
「待っていますわ。あの人の帰りを、ここで、ずっと」
そう言うと、ティファーヌは寂しげに微笑んだ。
「今までだって、ずっと一人だったんですもの。結ばれた今、待っていることなんて、たいして辛くありませんわ」
「申し訳ありません……」
同じ家族を持つ身として、「待つ」ことの辛さを何度も経験しているオリヴィエは、そう言って頭を少し下げた時だった。
「心配するな。俺はすぐ、帰って来るからな!」
そう言いながら、下着を慌てて着たらしいベルトランが階段を降りて来たのは。
「ベルトラン……」
彼の名を呟くティファーヌの目には、既に涙がたまってきていた。
「心配すんなって! すぐ元気で戻って来るからよ! そしたら、結婚式をちゃんと挙げて、ここで暮らそう。な?」
ベルトランが微笑みながらそう言うと、ティファーヌは目に涙を浮かべながら、彼にだきついた。
「待ってる! ずっと、待っているわ! だから、絶対に無事に帰って来てね!」
「おう! 任せろ!」
ベルトランはそう言うと、ティファーヌを抱きしめた。
彼は、その数日後にはそこを後にし、イル・ド・フランスのムランに向けて出発した。
そこで包囲戦に参加したのだが、残念なことに、その戦で初めて、ベルトランは捕虜になってしまったのだった。
そのせいで、ティファーヌとの結婚は、4年後の1363年まで延びてしまうのだが、彼女は一途に婚約者の帰りを待っていたという──。