文月~平安恋物語
日も西に傾いたころ、公達がこぞって母屋の大宮のもとへあいさつに来た。
貴子は几帳の後ろに姿を隠した。
男性には姿を見せないのが当時の女性のたしなみだったからである。
しかし貴子の気持ちは抑えることができなかった。
几帳の隙間からそっと御簾の外をうかがう。
どの公達も名のある方のご子息なのであろう。身に着けているものも、あでやかで美しかった。
公達の中に、ひときわ輝いて見える方がいた。
御簾越しにもわかる端正な顔立ちが、日にあたって映える。
貴子はその公達を眼で追った。
「やはり、なんといっても、少将さまが素敵でいらっしゃいますわね」
老練した一人の女房が言う。
「まだとてもお若いのにあれだけの落ち着きぶり。どんな公達になられるか、本当に楽しみでございますわ」
貴子に一人の女房がそっと教えてくれた。
この公達が大宮の末の息子、貴子にとっては叔父にあたる善成の少将であった。
今はこの三条邸の東の対に住んでいるのだという。
当時は同じ屋敷に住む親子といっても毎日顔を合わせることがなかった。
それほどまでに大きな屋敷に住んでいたということでもあるが、養育は両親ではなく乳母がするもので、子どもと親とは独立した生活を営んでいたのである。

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