文月~平安恋物語
男性は夜が明けるよりも早く女性の家を出なければならないのが当時の常識。
しかし「愛する女性のもとから帰りたくない」と思うのは、今も昔も同じこと。

 桜麻(さくらを)の
  麻生(をふ)の下草露しあらば
   明かして行かむ親は知るとも
 ―あのひとが私のことを
  ほんとうに想っていてくれるなら 
   夜が明けるまで存分に愛し合えるのに 
    たとえ親の知るところとなろうとも―

恋人の家から帰りたくなかったという自分の気持ちにぴったりだと、古くから親しまれている和歌を口ずさみながら、善成は三条邸へ歩を進めた。
都の三条にあるこの屋敷は善成の実家である。
善成はこの三条邸の東の対(東の棟)を気がねなく使っていた。
三条邸の西の対の方から庭に入り、母屋の前を通り、東の対へ庭を横切って歩いてゆこうとするのも、実家であるがゆえの気楽さからだ。
朝顔の露が乾かないうちにお相手の女性へ後朝の文(きぬぎぬのふみ)―つまりラブレター―を書きたいという気持ちが足を速める。
手紙の速さは、愛情の深さの証なのだ。

それなのに。
心にどういう隙があったものか、善成は通りかかった西の対に目を留めた。
暑かったからか、西の対の格子(雨戸)は上げたままで、それが善成の好奇心をそそった。
善成は、西の対の御簾(みす)をこっそり引き上げてみた。
そのような覗き見のおおらかさが許された時代でもあった。
< 2 / 11 >

この作品をシェア

pagetop