文月~平安恋物語
善成が御簾を引き上げると、艶々とした板の間に、鮮やかな色をした新しい青畳を一枚だけ敷いて、一人の女がうつぶせに寝ているのが見えた。
三尺(高さ90センチ)の几帳(きちょう:間仕切り)は母屋(もや)の方に押しやってしまっているから、善成からはその姿がよく見える。

彼女は、新しい衣を頭からかぶって寝ていた。
衣の色は薄紫で、裏の色が濃く、表は少し白がまさっている。
紅色の袴の腰紐が、身に纏ったきぬ衣の下から長々と見えるのは、まだ腰紐を解いたまま……つまり誰か恋人と夜を過ごしたままの姿だからなのであろう。その傍らに長い黒髪がゆらゆらと見えている。

女はまだ気づかない。
そのしどけない寝姿を眺めているうちに、善成は、彼女を残して帰っていった相手の男はどんな人なのだろうと考えた。
善成は相手の男性をもちろん知らない。
やはり自分と同じように、露の消えないうちに、と道を急いでいる頃なのだろうか。
そう考えて、ほんのわずか、善成の心に嫉妬の炎がついた。

この二人、もちろん知らない者同士ではない。
だからといって、恋人同士というわけでもない。
彼女は善成の一番上の兄の娘、善成の姪にあたる。
とはいえこの二人はたった三歳しか年が離れておらず、ほとんど兄妹といっていい関係であった。

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