文月~平安恋物語
「貴子は、物語を書くのが好きなんですよ」
父親の大納言が大宮に言った。
「まあ、それはすばらしいわ。貴女のお母さまもおじいさまもとても和歌の才能がある方でしたものね。わたくしも読みたいし、美子もきっと喜ぶわ」
そして、女房に何やら囁くと、やがて隣の障子が開けられ、衣ずれの音もさやかに、女房たちを引き連れた小柄な姫君が姿を見せた。
透き通るように白い肌、桃のように上気した頬。上質の絹の衣から見える、扇をかかげた白く小さな手も可愛らしい。自分と血がつながった姫君とは到底思えなかった。
「美子、こちらは貴女の姪にあたる貴子姫ですよ。物語を書かれるのですって」
「まあ、嬉しい。わたくし、物語を読むのが大好きですの。美子です。どうか姉だと思って仲良くしてくださいね」
しとやかな美子姫の声に、返事もろくにできないまま、頭を下げる貴子であった。
こうして貴子は三条邸の西の対に暮らすことになった。

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