シャドーマン

雨の中、君は待つ。

真っ青な傘、君が好きな色なんだろうか?
ピンクのニット帽、手作りだろうか?
白いコートに茶色のブーツ…
君が待つ、誰かの好みなんだろう。

僕は、君のことを何も知らない。
知らないけど、これだけは知っている。
君が待つ誰かは、今日も来ない…


毎日通う赤い屋根の喫茶店。
窓から見える小さな公園が僕は好きだ。
二人掛けのベンチがあるだけの公園?といえるのかは微妙なところだが、周りを囲んでいる木々、小さな花壇はとても可愛らしくきれいだ。
僕の趣味は唯一読書。
新刊から古本までなんでも読む。
本の中の世界が僕の居場所だ。
現実は暗く、苦しいことばかりで逃げ出したくなる日々を本が支えてくれている。
この喫茶店は家の近所にあり、窓やドアを覆うようにつたが絡んでいて本の中の世界のようですぐに気に入り毎日通っている。
人付き合いが苦手な僕でも、部屋の中で一人は寂しい。孤独は怖い。そう感じる。
窓側の席に座り本を読む。
たとえ、仕事で短い時間しかいられなくてもこの時間が僕の生きている意味だ。


君に出会った日
晴天。休日。僕の仕事の唯一良い点は、平日に休みがあること。
昨日買ったばかりの本を持ち喫茶店へ向かう。
喫茶店のドアを開けると鈴の音が鳴る。この音も好きだ。

「いらっしゃい。」
白髪の無口なマスターが迎えてくれる。

「コーヒーを。」
「はい。」
窓側の席が空いている。夕方までここで過ごす。常連のお客さんがほとんどで普段から混むことはないが特に平日は空いている。

「お待たせしました。」

「ありがとうございます。」
いつもの味。窓の外を見る。

白いワンピース。
風に揺れ…
きれい…

この日、僕は本以外の生きる意味と出会った。



できれば窓側の席がいい。
僕だけの場所じゃない。
先約がいるときだってある。
でも、この日だけは必ず窓側の席に座る。

君が気になる。
好きなのか?違う。興味があるだけ。
公園と君の雰囲気が合っているから…
本の世界。僕の興味がある世界に君がいた。
だから、君が気になるんだ。




青いワンピース。
黒い髪。
太陽の光が照らす。

目を奪われてしまう。
本を読むことを…忘れて…

この日だけは、本を読むためじゃない。
君に会うために、ここへ来ているのだと気づいた。


「寺島君。」

「はい。」

「今日、残業頼めるかな?明日までなんだよ。この資料!」
「…はい。わかりました。」
今日は君に会える日。
喫茶店は夜11時まで…
断りたかった…でも、みんなが頑張っているのに自分だけなんて駄目だ。

「寺島君、必死だね!」
「えっ?」
「寺島君の必死なとこあんまり見たことないから面白い!」
「先輩、しゃべってないで手を動かして下さいよ!」
「ごめん。今日、用事あったの?」
「…いえ、何も!」
「彼女とか、出来たのかと思って!」
「違いますよ!先輩も早く帰らないと息子さんと旦那さんが寂しがりますよ。」
「そうね!頑張りま~す!」

僕の会社の上司は、ほとんどが女性だ。
本が好きな僕は出版社を職場に選んだ。
小説や絵本などに関わりたかったが、配属された部署が女性向けの雑誌の発行をしている。


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