ネトに続く現の旅
私が高校を卒業した年の春に、養父の持病の糖尿病が悪化してしまって、やむなく左足を切断した。養父の看病をしていた養母も、去年の春に脳梗塞で倒れた。
対処が早かったということと、医師の適切な処置でなんとか危機は脱出したものの、右半身の麻痺と舌の痺れから、未だに言葉はちゃんと聞き取ることができない。
今私の家には、二つの介護ベッドが、仲良く並んで置いてある。
夜は二人の夕食を準備してから居酒屋のバイトへ向かう。その間は、二人が寝付くまでの話し相手として、夜間のヘルパーさんが来てくれている。
いろんな仕事があるんだなぁと感心しながらも、二人きりでは心配なので、これがとても助かるのだ。昼間は家を空けたくはないので、自宅でパソコンの打ち込みの仕事をしていた。
対処が早かったということと、医師の適切な処置でなんとか危機は脱出したものの、右半身の麻痺と舌の痺れから、未だに言葉はちゃんと聞き取ることができない。
今私の家には、二つの介護ベッドが、仲良く並んで置いてある。
夜は二人の夕食を準備してから居酒屋のバイトへ向かう。その間は、二人が寝付くまでの話し相手として、夜間のヘルパーさんが来てくれている。
いろんな仕事があるんだなぁと感心しながらも、二人きりでは心配なので、これがとても助かるのだ。昼間は家を空けたくはないので、自宅でパソコンの打ち込みの仕事をしていた。