ねがい

「お姉ちゃんの名前は?」
―あかり。あなたは?
「ぼくは、……風太、風太って言うんだよ。お姉ちゃんは毎日ここで絵を描いているよね?」
―うん、絵を描くのは楽しい。

そこまで書いてあかりは鉛筆を止めました。
あかりが絵を描いているのは、弟を失った悲しみを紛らわせる為だったのです。
声が出ないので学校も休んでいました。

「僕はあかりおねえちゃんがここで絵を描いているのをずっと見てたんだ」
―ずっと?
「うん、ここにけやきの木があるでしょう?大きな大きなけやきの木。ぼくはこのけやきが大好きなんだ」

風太は立ち上がり、けやきの幹をぽんぽんと叩きました。まるで丘から町を見下ろすようにどっしりと構えているような太くてしっかりとした幹です。

「このけやきの木のことならぼくは何でも知ってるよ」
―なんでもって、どんなこと?
「この木の上の方に隠れてる鳥さんの巣のこととか、…おねえちゃんのことも」
―わたしのこと?
「うん、この木はね、あかりおねえちゃんのことを心配してるんだ。悲しそうな顔したあかりおねえちゃんがずっとここで絵を描いて、夕方になったらまたしょんぼりして帰ってく、ぼくもそれを知ってる、……だから、ぼくはおねえちゃんとお話がしたかったんだ」

風太が恥ずかしそうに笑いながらけやきの幹に抱きつくようにすると、風太は思いついたようにあかりの隣に立ち、あかりの手を取りました。

「ほら、あかりおねえちゃんもさわってごらん?」

そしてけやきの幹にそっとあかりの手を触れさせたのです。
けやきの幹からは太陽のぬくもりと、けやきの木のにおい、そして何より萌える若葉のにおいがしました。



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