ねがい
「こうやってほっぺたと耳をくっつけるとね、聞こえるんだよ?」

そよ風がそっと吹きました、春のにおいと初夏のにおいが交じり合った、甘酸っぱいようなにおいの風です。

「ねえ、けやきの木の声、聞こえる?」

風太は目を閉じたまま、そう言いました。
同じように、あかりも風太に倣って同じようにけやきに耳とほっぺたをくっつけてみました。

目を閉じると、聞こえるのは風の音。
そして幹から感じるぬくもり、そして木のにおい。

「あかりおねえちゃん、けやきの木がね、すごく心配してるんだ」

風太はあかりの手をその小さな手でそっと握りました。
風太の手は熱く、あかりの手は冷たくて。

「忘れないで、おねえちゃん。―あの子は、もうすぐ風になるから」

”そしたらね、いつもおねえちゃんの傍にいるよ“




あかりが目を開けた時、もう風太はそこにはいませんでした。あたりを探してみましたが、風太を見つけることは出来ませんでした。

ただ、けやきの木と、ビニールシートと、少しだけ会話をしたスケッチブックと鉛筆があるきり。

あかりは風太を探しました。
でもどうしても見つけることが出来なかったのです。
だから明日もここに来て、風太を待とうと思いました。

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