飼い猫と、番犬。【完結】
遠くて近きは
長雨の季節が終わりを迎えると、今まで雲に隠れていたお天道様から漸く白い日差しが町に降り注ぐ。
ただそこにいるだけでもまとわりつくような暑さに肌が汗ばむというのに、時折吹く湿気を孕んだ温い風が益々気を滅入らせた。
こういう時はあまり外を歩きたくないんですが……。
「早よ来な置いてってまうで」
前を歩く散らし髪の男がそうはさせてくれなかった。
「……別に置いてってくれて構いませんけど」
「あーなんか言うたか?」
「はいはいなんでもないですっ」
耳ざとい奴め。
わかってて聞き返すあたり、本当嫌味な奴だと思う。
相手をするのも面倒で、少し足を早めてその横を通り過ぎる。
通りには金魚や風車の棒手売り、甘酒売り(当時夏バテに効くとされていた)や水屋なんかもちらほら見かける。四条河原に程近いこの辺りは今日もそれなりの人で賑わっていた。
……なのにどうしてこの人なんかと。というかこの糞暑い日まで黒い着流しとか見てるこっちが暑いんですけど。
不満は尽きない。
しかしながら、先の洛陽動乱(池田屋事件)において借りがある私は、言われるがままに着いてくるしかなかった。
くぅ、一生の不覚……。
じりじりと肌を焦がす光に思わず溜め息をつき、宙を睨み付ける。
「阿呆、せかせか行きな、こっちや」
「ぐぇ」
後ろから衿をひっ掴み、店の中に入ってくこいつはやっぱりいけ好かない。