飼い猫と、番犬。【完結】
「甘味処やろ?知らんの?」
恰もびっくりみたいな顔は止めてほしい。
無意識に奥歯を噛み締める。
だが他の客の手前、声を潜めて隣のそいつに肩を寄せた。
「知ってますよっ。そうじゃなくて何でこんなとこにって聞いてるんですっ」
「え、小腹も空いたしお八でも食おかと思て。此処の葛切りは中々やねん、食わん?」
垂れ目のそいつ。
作り物だとわかっていても、一見人の良さそうなその笑みにはついほだされそうになる。
何故こいつと二人で甘味処に来なければならないのかとは思うものの、言われてみれば八ツ刻の鐘が鳴ったばかり。
確かに小腹も空いたし喉も乾いた。涼やかな喉越しのそれは正直惹かれるものがある。
「……食べます」
だって、食べ物に罪はないですから。
「せやろ」
小さく鼻で笑って目を細めた山崎は何となくいつもの嫌味っぽさがなくて、少し、拍子抜けした。
暫くして、二人で腰掛ける床几(ショウギ:長椅子のようなもの)に運ばれてきた葛切りは上方に来て初めて食べた。
甘い黒蜜で食べることに始めは違和感を覚えたものだけど、慣れてしまえば中々美味しい。
「葛は血の巡りを良ぉするさかい夏でも女子にゃお勧めや」
「へーそうしていつも女子を口説いてらっしゃるんですね」
「あ、妬いた?妬いた?」
「妬きませんっ!食べたらさっさと帰りますよ!」
軽い調子は変わらないけれど。
そこを除けばまぁ根は、そこまで悪い人間ではないのかもしれない。