飼い猫と、番犬。【完結】
「……スミマセン」
一応薬に詳しいだけあって、そういうことには厳しいらしい。冷たい視線と共に投げ寄越された阿呆三連発に勢い負けする。
忙しさと慣れもあってあまり気にしていなかったけど、確かに悪化したら周りにも迷惑がかかる。
それに……前にあった薬の一件。
またあんなことをされては堪ったもんじゃない。
ここは一つ、大人しく謝るに限る。
「次からはちゃんと──」
言います、そう言いかけて手を伸ばした先で突如薬が消えた。
刹那に揺らいだ視界に、こつりと額に何かがぶつかる。
言わずもがな、
「まぁ、飲まして欲しいんやったら別やけど?」
山崎の額だ。
ーーっ!
「そんな訳っ」
「はい静かに、もう宵の口やで?大声出しな」
首筋に絡まったそいつを押し退けるも、一枚上手なのはやっぱり山崎の方。
口八丁な上に手癖の悪いそのすばしっこさに翻弄されてばかりの自分が嫌だ。
「ほな帰りはいけるな。先戻っとくさかい、明日のんは自分で取りに来(キ)ぃ」
指を差されて見てみれば、帯の隙間に薬の包みが挟んである。
前を向いたままひらひらと手を振り歩いていく山崎に礼と文句を迷って、結局何も言えなかった。
漸く一人になって閉めることが出来た戸に背中を預け、手にした薬を見つめる。
思い出されるのは普段はわからない、あいつの匂い。
近付いた時にだけ微かに感じるそれに、ふとこないだの夜が過って。
不覚にも込み上げた熱を吐き出す為に、長い、長い溜め息をついた。