飼い猫と、番犬。【完結】

一瞬、耳を疑った。


誰にも話したことなどない父の郷里を言い当ててくるとは思ってもみなかった。


近江国甲賀(コウカ)──かつて戦乱の世であった頃はその名を全国に轟かせたらしいが、今ではもうただの寂れた田舎の集落だと聞く。


当時の面影を細々と残すのは俺達の様な人間と製薬の技。


ここらの人間ですら恐らくそう知る者はいないだろう俺達の起源を、よもや東の人間が知っているとは。



……なんなんこいつ。




「あ、別に他意はないぞ。ただ以前長崎で蘭学を学んだ時に似たような奴がいたんでな」


少しばかり不審に思って眉間に皺を寄せた俺に、矢鱈毒に詳しい奴でなぁなんて言いつつ、そいつはまた無邪気に笑う。


「医療は紙一重だ、こいつと同じで薬にも毒にもなる。お前さん達みたいな知識のある人間がこうして誰かの役に立とうとしてくれるのが俺ぁ嬉しいよ」


手にしていた附子を置き、またにこにこと背を叩いてくるその男は余程出来た人間らしい。


もしくは余程の阿呆か。


誰も毒には使てへんとか言うてへんのに。


こうも簡単に相手を信用しながらも将軍家の奥医師にまで上り詰めたこいつは、ある意味凄い。


「此処にいるなら簡単な縫合くらいは出来た方が良いな。あとで教えてやろう」

「はぁ」

「よし、年の近い友が出来ると嬉しいな!わからんことがあったらまたなんでも聞いてくれ」


……凄い。



俺、いつ友になったんやろか。
< 199 / 554 >

この作品をシェア

pagetop