飼い猫と、番犬。【完結】
雨音に掻き消されそうな程に小さな、土方さんの声。
前を向いたままの顔は見ることが出来なかったけれど、きっとまた苦い顔をしているんだと思う。
あの時みたいに。
つい思い出してしまった記憶を振り払うように土方さんの言葉を飲み込んでみたものの、その真新しい記憶もあまり良いものとは言えなくて。
捨てきれない感情に、私はそっと自嘲し笑った。
「頼まれたんですよ、本人に」
──『なぁ沖田はん、うちが逃げたら今日のこと、市中に知れてまいますえ?』
あの人は……お梅さんは、身に纏った白い襦袢を男の血に染めても尚、愛おしそうにその男に触れていた。
肉が裂け、首の落ちた血塗れの芹沢さんの背に。
此方も向かず、泣きもせず。
ただ全てを悟ったように。
『せやさかい今此処で、うちも殺し』
私達が故郷日野を発って京で立ち上げた壬生浪士組──現、新選組。
その筆頭局長である芹沢さんの暴悪な振る舞いが問題となり、お上である会津藩から『始末』を言い渡されたのはつい四日前のこと。
特に恨みはなかったんですけれど示達となれば仕方ありません。
芹沢派と言われた平間や平山は共にいなくなってもらう手筈でしたが、それでも、同衾している女子は逃がしても良いと言われていたのに……。
『生きる気はないと?』
彼女の様子からは容易にそれが見てとれた。