飼い猫と、番犬。【完結】
そう声を掛けられて、落ちていた視線を慌ててあげれば、山野さんが不思議そうに私を覗き込んでいる。
「何かありましたか?」
「あ……や、いえ、何でもないです。見間違いでした」
理由など言える訳もなく、ぎこちない笑みを張り付けて、緩くなっていた歩みを再び速めた。
でも、見間違える筈なんてない。
通りの反対側だったし見えたのは通り過ぎる間の一瞬だったけど、確かにあれは山崎だった。
今見た光景を思い出し、またも湧いたもやもやした思いに奥歯を噛み締める。
山崎は元は大坂の出だし、京にも詳しい。知り合いもそれなりにいるのだと思う。
でも何となく、さっきの山崎には違和感を覚えた。
何が、と言われるとはっきりと断言することは出来ないけれど、強いて言うなら空気……だろうか。
女の人の顔はよく見えなかったけど、あいつを包む気配がいつものそれとは違う気がして、あの親子がただの知り合いだとは思えなかった。
……もしかして、お嫁さん?
よく考えればあいつが所帯を持っているとかいないとかの話は聞いたことがない。
何となくいない前提で思い込んでいたけれど、うちは幹部以下だと妻子は十里(約40km)以上離れた場所に住まわせなければならない決まりがある。
あれがそうでないと、果たして言い切れるだろうか。