飼い猫と、番犬。【完結】
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さわさわと心地よい音で垂れた稲穂を揺らす風が、今年は一段と涼やかに感じる。
時刻は丁度八ツ刻。
局長の使いでとある公卿の屋敷へと赴いた帰り、小腹を満たそうと集まる連中の合間を縫って、俺は一人屯所に向かっていた。
様々な店が軒を並べる通りを歩く中、ふと以前沖田を連れ込んだ茶屋が目に入って、少しだけ目を細める。
反射的にあの時のあいつの反応を思い出し、つい鼻から笑いが漏れた。
別に寄ろうとか、また来ようとかを考えた訳じゃない。
ただ一瞬、目についたものと記憶を繋げて考えただけ。いつもならすぐに視線を戻してそのまま素通りする筈だった。
なのにそう出来なかったのは、そうする前に暖簾が開いて、見てしまったからだ。
褪せた藍色の暖簾から顔を覗かせた、見知った女を。
……へ?
驚きに瞼が上がって、足が止まる。
向こうも同じく暖簾を上げたままぴたりと動かなくなって、瞠目したまま真っ直ぐに俺を見た。
この俺としたことが、久々に見たその顔に、ほんの一瞬思考まで止まってしまった。
「……母ちゃん?」
けれどすぐにその後ろから顔を出した小さな男児が発した言葉にハッとして、漸く頭が回り出す。
そんな自分に呆れてぽりぽりと首を掻いた。
遅れて胸に広がったのはただ純粋な懐かしさで、まさかの出会いと己の人間臭い反応に、俺は思わず苦笑した。
「……久しいな、琴尾」