飼い猫と、番犬。【完結】
鬼の飼い猫
「…………、は?」
言葉を、というよりはただの音を発した口が、だらしなく開いたまま閉まらない。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことで。閉じた口を保つには中々精神力がいるらしい事実に今更ながらびっくりだ。
あのあと。
湯屋を出た私が仕方なくあの長屋に戻ると、そこは荒らされた様子もなく、着物も刀も出た時のままに置かれていた。
まだいるかもしれないと、終始ビクビクと気を張りながら着替えたのだが何も起こらない。
帰り道もとても静かで、本当にいなくなったのかも、と安心していたのも束の間。
帰りついた屯所で文句──もとい報告をしに土方さんの部屋へとやって来た私は、障子を開け放ったまま動けなくなった。
「さっさと閉めてさっさと座れ」
いつもの如く仏頂面の土方さんはそう言うけれど、はいわかりましたとは座れない。
だって、
「お早いお帰りですやん、沖田助勤。さっきは驚かせてもうてすんまへんなぁー」
へらへらと笑って手を振る黒いのが部屋にいたから。
「っ、貴方!」
その笑みに漸くはっとした私は思わず左の親指で鯉口を切った。
「総司」
が、低く、怒気を孕んで発せられた土方さんの声に、刀を抜くことは出来なかった。
それに紛れて山崎の笑みが一瞬馬鹿にしたものに変わったのは見逃さなかったけど。
腕を組んで私を睨み続けている土方さんをこれ以上怒らせる訳にはいかないから。
「……わかりましたよ」
目一杯の不満の証として口を尖らせると、渋々部屋の隅にと腰を下ろした。