飼い猫と、番犬。【完結】
副長の口から沖田の名を聞くのはあの日の翌朝以来だった。
「それ、本人に直接聞いたらええんちゃいますん?」
「大丈夫しか言わねぇからお前に聞いてんだよ」
意地悪く返す俺を軽く流して筆をとった副長は相も変わらず冷静で、少しつまらない。
副長という面は中々頑強だ。
「……一昨日はまだえげつない色してやったけど、あんなけ動けるんやったらまぁ心配はいらんやろ」
多少の鈍りは多目にみるとして。昨日も今日も、稽古を見る限り動きに問題はみられない。
痛みが完全に消えた訳ではないだろうが、それも数日のうちに殆ど気にならなくなるだろう。
そんな俺の答えを聞いて、墨に浸した筆先を整えていた副長は、体躯に似合わぬ細い字を紙に綴り始める。
「そうか、なら良い」
その言葉に微かな情が滲んでいた。
偽りのない本心からの声。
それ以上を望まない、『なら、良い』。
決して感情が籠められていた訳ではない。ただ短く呟かれただけの言葉なのに、思わず胸を突かれたように言葉が出なくなったのは、僅かに触れたその想いに感服……したから。
俺には出けん、と。
俺には俺のやり方がある。そうなりたいとは思わない。
が、斎藤くんやこの人の酷く損な想い方は、単純に凄いなと少しだけ感心した。
「……あんさんも阿呆やなぁ」
「うるせぇな、ほっとけ」