飼い猫と、番犬。【完結】
何がとは言わない。
言わなくても伝わる。
付き合いこそ短いものの、俺達にはそんな確かな空気があった。
「言ったろ、俺じゃ駄目なんだよ」
あいつの為なのか、此処の為なのか、どうしてそこまで己の欲を殺せるのかは俺には到底理解出来ないが、この人にはこの人の信念があるのだろう。
それをとやかく言うつもりはない。
副長はあれとは違うものを選び、あれとの過去に区切りをつけた。
かつて俺も似たような選択をした。
それが二人の縁だったのだ。
「そんなん言うてるさかい俺みたいなんに持ってかれんねんで?」
「ああ確かにそれだけは不満だな。あいつは昔から趣味が悪ぃんだ、斎藤の方がよっぽど真面目で良い男だってのによ」
「それ地味に藤堂くん可哀想やしな」
暫し鬼の面を外した副長は、それでも此方を向くことはない。
ゆっくりといつもの様に、どこかの役人に宛てた文章をさらさらと綴る。
それがこの人が選んだ今の日常なのだ。
やっぱ阿呆やけどな。
「ま、あんまこん詰めて倒れんとってや?うちはもう自分がおらんと回らんのやし」
「じゃーくっちゃべってねぇでさっさと出てけ。その方が捗る」
「へえへえ。ほな失礼しますわ」
今度こそ立ち上がり障子に手をかける。
「……頼む」
障子の閉まる最後の最後に聞こえた小さな低い呟きは、返事など求めていないのだろう。
「ほな」
俺もまた、ただいつもと同じ一言を残して己の部屋へと向かった。