飼い猫と、番犬。【完結】

その言葉に暫し瞠目して、笑みを返す。



「や、初めてやで。──奏」



それが、こいつが一度は捨てようとしたもの。


本来の沖田だ。


琴尾との間に子は出来なかった。だからこいつの親がどんな思いであったかはあまり想像出来ない。


が、それでも思うこともあった。


女である沖田を男として育てる程に追い込まれ狂った母。
そうさせた家。


それは決して庇うべきものではない。


だが、その美しい響きの名を持つこいつは、我が子としてちゃんと愛されていたのではないか、と。


勿論、親が死んだ今となってはその真意はわからない。


少なくとも、全てを捨て、己の手を血で汚してしまえる程に人との繋がりに飢えたこいつには何も伝わることはなかったということで。


不意に初めて見た夜を思い出した。


副長の背を押しながらもその背にすがる、淋しげなこいつの姿を。


そんなことを考えてしまえば、何とも言い難い虚しさが胸を覆った。


昔馴染みの連中がそうしたように、俺もまたその飢えを満たしてやりたいなどという可笑しな衝動が湧いて、指に力が籠った。





「奏」


柔らかな唇に口付ける。


慈しむように。
愛おしむように。


名を呼ばれた途端、泣きそうに笑った沖田はたどたどしくそれに応えた。


きゅっとすがり付いてくるそいつが只々愛しく身体を疼かせる。俺もまた何処かでこんな温もりを求めていたのかもしれない。


そう思える程に熱が心地よかった。


腕の中で女の顔を見せる奏に幾つもの口付けを散らしたその夜。


俺達は身体を繋げた。
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