飼い猫と、番犬。【完結】
脳裏に浮かんだ記憶に山崎の温もりが拍車を掛けて、瞬く間に頭が沸いた。
同時に、しつこくからかってくるそいつに怒りすら覚えて、眉間に籠る力に目を瞑る。
「も……やめてくださいって言って」
「ええやん今日くらい。女郎(遊女)やあらへんのやし、ちったぁのんびりさせ」
けれどそんな言葉と共に塞がれた唇に、荒ぶりかけた感情がするりと凪いだ。
言われてみれば、照れ臭くて恥ずかしくて周りの目諸々を気にした私は、取り敢えず早く此処を出ることばかりを考えてた。
夜の余韻は敢えて残さないようにしていた。
でも、普段は助兵衛で意地悪でいまいち何を考えているのかわからないけれど、今日くらい──そう言ってしまえる山崎は思ったよりも私を大切にしてくれているのかもしれない。
そう思えばこの強引な行動も急に愛おしく思えてくるから怖い。
私って、単純だ。
「……あ、の、でも稽古もあるのでそろそろ本当に行かないと」
大人しく口付けを受け入れ暫く唇を重ねたあと。
軽く胸を押した私に短い溜め息が返ってきた。
「しゃーないなー」
実は意外と優しいこの人。
何だかんだ言いつつ手を離してくれた山崎の顔を一瞥する。
早まる脈。その緊張に決意が鈍らないように勢いをつけ、自ら唇を寄せた。
「……じゃあ、また後で」
そのまま逃げるように部屋を出た私は返事は聞くことは出来なかったけど。
ただ最後にちらりと見えた山崎の驚いた顔に、少しだけ満足した。