飼い猫と、番犬。【完結】
「……はい?」
間際、不意に手首を掴まれ振り返る。
思わず体が跳ねたのはその冷たい指先だけの所為じゃない。
いけないことをしたかのような後ろめたさがあったからだ。
ついこの前まで持っていた、肌を重ねるのは夫婦(メオト)になってからという道徳観、そして平助の想いを知って尚、山崎に身体を許したこと。
昨日の今日で平助と平然と言葉を交わす程の神経は持ち合わせていなかった。
あいつとは違う熱が私を掴む掌から伝わってきて、ごくりと唾を飲む。
気不味い。
「……あ、や……その聞いた?近藤さんが安芸(広島)に行くらしいよ」
けれど目が合った平助は平助で、何故かはっと驚いたように目を開き、すぐに手を離した。
どこか不自然に見えるその笑顔に心がざわめく。
もしかして……何か気付いた?
そうは思ってみても確認なんて出来なくて。
「……いえ、初めて聞きました。いつからですか?」
よそよそしくその話に言葉を返した。
「んー詳しくは俺もまだ聞いてなくて。伊東さんは多分今日の隊務の割り振りの時に言うんじゃないかなって言ってたけど」
「……伊東さんが?」
近頃よく耳にする名に思わずこめかみが反応する。