飼い猫と、番犬。【完結】

ただ声を掛けただけだと言うのに水面が波打つ。


慌てて背筋を伸ばしたそいつを鼻で笑って、俺は浴槽に背凭れたままパシャリと片手で水面を撫でた。


「なぁこっち来ぃや」

「い、行きませんてば!」


あとから入った俺は必然的に出入り口に近い。立てば丸見え。故に沖田は上がるに上がれないらしい。


「ほな俺が行くわ」

「へっ?や、ちょっ待っ……」


立ち上がり、勢いよく体を滑り落ちる水が豪快な音を奏でると、僅かに首を動かした沖田も振り向くのをやめた。


今更何を恥ずかしがる必要があるのかは知らないが、それならそれで構わなかった。


否。寧ろ、好都合。



「ただいま」



真後ろにしゃがみ込んで腕を回す。桜色に色付いたその身が微かに跳ねて固まった。


「……待っとってくれたんちゃうん?返事は?」

「……お帰り、なさい……」


それでも抵抗を見せないそいつは頼りない声音で返事を寄越すと、胸の前で握っていた指でそろりと俺の腕に触れる。


怒ってません──その言葉通り沖田に怒りは見られない。


寧ろ抵抗を諦めた沖田のどこか甘えたその仕草に本音が見えた。


決して自らは言わないだろうその言葉を代わりに口にし、項に落とす。



「逢いたかった」

「っ」
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