飼い猫と、番犬。【完結】
昨日降った雨が未だあちこちに泥濘(ヌカルミ)を作る朝。
鬱陶しい程に晴れた空の下、昨日の遅れを取り戻さんとする蝉達が姦しく喚いている。
その酷く耳障りな音に眉を潜めながらも、今日から監察の任に戻る事になっていた俺は、隊務に入る前にどうしても確認しておきたいことがあった。
あまり堂々とはしたくない。
故に朝餉のあとを見計らい、いつにも増して蒸す屯所を足早に歩く。
「邪魔すんで」
辿り着いた目的の部屋にその人物の気配があるのを確認し、障子を開ける。
壁に凭れて何かの本を読んでいたそいつは僅かな動揺すら見せず、静かに本を閉じると涼やかな視線を此方に寄越した。
「……返事くらい待て」
「そらすまん。あんま人に見せられんもんでも読んどったん?」
「太平記だ」
俺の冗談にも真面目に返してくれる斎藤くんは割りと好きだ。
藤堂くんとは違ってあれ以来変な敵対心も見せない彼の理性はきっと鋼で出来ている。
「……ちと沖田の事で聞きたい事があんねんけど」
にこやかに笑みを貼った俺に、彼の表情が締まる。
空気を読むのが上手い。そんなところも俺は、割りと大好きだ。
「あれの咳はいつ頃からかわかるか?」