飼い猫と、番犬。【完結】



「……戻りたく、ない」


振り払われた手。
俯いたまま震えた声を発したそいつは、乾いた音をたてて半歩足を引いた。


さっきの結果を屯所に持ち帰れば話し合いがもたれる。想像に容易い皆からの言葉が、こいつの最も恐れることなのだろう。


くるりと髪を靡かせ身を翻す。


だが勿論それを許す訳がなかった。



「待ち!」

「嫌です!」


手首を掴むも尚も抵抗する沖田。


それなりに人通りのある道だ、既に好奇の目が向き始めている中、あまり大声でやり取りする訳にもいかず、仕方なくその身を抱き寄せた。


絵的に衆道全開なのはこの際致し方あるまい。



「行くんは俺の隠れ屋や、誰も来(コ)ん。せやさかいにちと落ち着き、自分もあんま目立ちたないやろ?」


耳許で囁いた言葉に沖田の動きが止まる。


漸く此方に向いた視線に気が付いたんだろう、まだ周りが見える分、山南さんの時よりはマシだ。



「行くで」


再び手を引き歩き出す。


沖田は指先に微かな力を籠めただけで、もう抵抗することはなかった。






裏長屋の奥にある隠れ屋は昼間でも薄暗い。


此処に誰かを招き入れたのはこれで二度目。一度目もこいつだったと、あの時の記憶を思い浮かべながらに沖田と向き合った。
< 327 / 554 >

この作品をシェア

pagetop