飼い猫と、番犬。【完結】
「……戻りたく、ない」
振り払われた手。
俯いたまま震えた声を発したそいつは、乾いた音をたてて半歩足を引いた。
さっきの結果を屯所に持ち帰れば話し合いがもたれる。想像に容易い皆からの言葉が、こいつの最も恐れることなのだろう。
くるりと髪を靡かせ身を翻す。
だが勿論それを許す訳がなかった。
「待ち!」
「嫌です!」
手首を掴むも尚も抵抗する沖田。
それなりに人通りのある道だ、既に好奇の目が向き始めている中、あまり大声でやり取りする訳にもいかず、仕方なくその身を抱き寄せた。
絵的に衆道全開なのはこの際致し方あるまい。
「行くんは俺の隠れ屋や、誰も来(コ)ん。せやさかいにちと落ち着き、自分もあんま目立ちたないやろ?」
耳許で囁いた言葉に沖田の動きが止まる。
漸く此方に向いた視線に気が付いたんだろう、まだ周りが見える分、山南さんの時よりはマシだ。
「行くで」
再び手を引き歩き出す。
沖田は指先に微かな力を籠めただけで、もう抵抗することはなかった。
裏長屋の奥にある隠れ屋は昼間でも薄暗い。
此処に誰かを招き入れたのはこれで二度目。一度目もこいつだったと、あの時の記憶を思い浮かべながらに沖田と向き合った。