飼い猫と、番犬。【完結】
私を呼ぶその声に全ての意識が持っていかれる。
以前に増して擽ったいのは未だこの距離感に慣れないからだ。
「んなとこで何しとんねん?」
何かの仕事の途中なのだろう、廊下を歩いてくる山崎は数枚の紙を手にしていた。
こんな時の山崎は至極真面目。
それに少しだけほっとして細く息を吐き出した。
「や、別に秋だなと思って空を見てただけです」
「ふーん、冷やしなや?」
「……はい」
なのにこの男は平然と優しいから困る。
……や、別に本当に困る訳じゃありませんけど。
確かに以前から体調に関しては口うるさかったし冷たい訳ではなかったけれど、それでもあれからわかりやすく甘やかしてくれるようになった気がする。
前は屯所にいてもあまり積極的に絡んでくることはなかったのに、最近では暇さえあれば隣にいる。
勿論理由は私の病だ。こいつといれば大抵誰も寄って来ないから、必然的に咳にも気付かれにくくなる。
そう考えると申し訳なくも思うし、単純に喜んでもいられないのだけれど。
それでもやっぱりこれまでとは違うその距離感に、ちょっとの嬉しさと気恥ずかしさが入り交じるのだ。
……誑(タラ)し。