飼い猫と、番犬。【完結】
「……、え?」
僅かに開いた唇からはさっきと同じ声しか出なかった。
けれど一くんの言葉をごくりと飲み込めば、心の臓がどくどくと大きく音を刻み出す。
背筋の伸びた綺麗な居住まいで私を見つめるその目はとても真っ直ぐで、そこに漂う静かな圧力に堪らず視線が落ちた。
「……気付いてたんですね」
溜め息の代わりに漏れた乾いた咳に、思わず苦笑う。
理解してしまえば心の臓はゆっくりと落ち着きを取り戻し、代わりに不安が心に滲み始めた。
もう此処には居られないのかもしれない。
そんな思いにそっと奥歯を噛んだ。
続く言葉を待っているのか、黙ったままの一くんに、覚悟を決めた私は膝の上に重ねた綿入りの裾を握り締めつつ顔を上げる。
「私にはもう此処以外に幸せなんてありませんよ」
あの質問の答えにこんな言い方は狡いのかもしれない。
微かに眉を寄せた一くんに、ほんの少しの罪悪感が湧き上がる。
でもそれは確かに本音だったし、やっぱり此処を出ていきたくない私は、こんな風に一くんの優しさを利用するしかないのだ。
「いけませんか?一くんだって、もしそうなったら私と同じ選択をするでしょう?」
しんと部屋が静まり返る。
それでも一くんは何も言わず、此処で目を逸らせば負ける気がして、私はただ此方を向くその目をじっと見つめ返した。