飼い猫と、番犬。【完結】
どしりと腰を下ろした山野さんはどうやら暫く話し相手になってくれるつもりらしい。
私の病を知って、まるで腫れ物にでも触れるかのように気を使う連中も多い中、こうして遠慮なくやり取りしてくれる人は凄く貴重だ。
一番組の中でも特に仲の良かった彼だからこそ、山崎は尤もらしい理由をつけてこんなものを預けたのかもしれない。
飴玉よりも何よりもそんな気持ちが嬉しくて。
結局、その日貰った飴玉は食べることが出来なかった。
「折角人がわざわざ預けてやったのにや……」
なんて少々文句を言われたのも多分そんな心遣いを誤魔化そうとしてのこと……だと思いたい。
「……だって」
「まぁ口移ししかあかんて言うんやったらしゃーないな。また明日食わしたるさかい、今日はもう寝んで」
「なっ、違っ……!」
「奏」
そんなことはないと反論したかった筈なのに、不意に呼ばれたその名につい言葉を失った。
だってそれはこの人だけが呼ぶ特別な名。
普段は今まで通り沖田と呼ぶ山崎がそれを口にすると思考が止まって、ただ忠犬のように次の言葉を待ってしまう。
すっかり手懐けられている自分が嫌じゃないのは、この人にそう呼んでもらえるのが嬉しいからで。
そんな刻を大切にしたいと思うからだ。
「……早よう来(キ)ぃ?」
「……はい」
きっとわかって呼んでる山崎は、ちょっとだけ狡い。