飼い猫と、番犬。【完結】

そう言われても副長室の隣である此処と私の部屋とはほんの一間と廊下一つ分しか離れていない。


あんなやり取りが聞こえてきたら気にするなと言う方が無理だ。


「だって気になるんですもん。良いじゃないですか、近いんですし」

「いえいえ凄く助かりますっ。このオジサン偉そうなくせに教えるの下手糞なんですもん」

「おお、ええ度胸やないかい糞餓鬼」

「あーもーすぐ怒らない。ほら忙しいなら早く教えてあげないと」

「……ちっ」


どす黒い笑みを溢す山崎に、さささと私の後ろに隠れて舌を出す市村くんも少々やんちゃな臭いがするけれど。


彼を見ていると壬生寺で遊んでいた子供達を思い出してなんだか懐かしい。


それに、どこか平助を彷彿とさせる二人の賑やかさが少し嬉しくて……ほっとする。


こんな屯所は久し振りで──楽しい。




「まずこの勘定方からへちってきた帳簿のここをやなぁ……──」

「──、ほらやれば出来るじゃないですかー」

「お前が言うな」

「いてっ」



仲が良いのか悪いのか。


結局、文机で肩を寄せあうそんな二人の背中を暫し微笑ましく眺めて部屋を出た。


そして自分の部屋へと足を向けて歩き始めてすぐ、真っ直ぐに続く縁側の向こうから丁度此方に向かって顔を出したその人の姿に思わず固まった。


此処にいる筈のないその人。
久し振りに目にする姿は以前と少しも変わっていなくて。


私を見つけたその目だけが、どこか悲しげに細められた。




「……一、くん……?」






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