飼い猫と、番犬。【完結】

湯飲みの乗った盆を片手に、山野さんが顔を出す。
それに笑みを返しながら、読んでいた本を閉じて脇に置いた。


「元気過ぎて困っていたところです」

「なら良かった。ほら、今日は下鴨神社の御手洗団子持ってきたんです」

「わ!わざわざあんな遠くまでいったんですか?山野さん意外と通ですね」


下鴨神社と言えば御手洗団子発祥の地とも言われていて。


場所柄、あまり食べる機会のないその串に刺さった艶やか団子に思わず一瞬目的を忘れそうになって、慌てて唾を飲み込んだ。


駄目です駄目です。
今日はもっと大切なことがあるんですから……。


この三日、部屋に来たのは毎日違う人間で。基本こうして八ツ刻近くにやって来てはだらだらと夕餉まで居座る。


昨日来た左之さんも、一昨日来た新八さんも、あの事に関しては結局何も話してはくれなかった。


でもたまに顔を出してくれるこの人ならまた来るかもしれないと、密かに待っていたのだ。



「沖田さー……あれ?」



少しの差で顔を覗かせた市村くんが、本来の目付け役だったらしい。


一足早く来てくれた山野さんに感謝しつつ、困り顔で立ち尽くす市村くんににこりと笑いかける。


「すみません、今日は先約があるのでそのお茶は土方さんにでも渡してあげてください」

「あ、はい。あの、じゃあすみません、失礼します……」



今日来たのが彼で良かったと思う。左之さん辺りなら構わず平気で居座りそうだ。


おずおずと去っていった小さな足音を聞きながら、山野さんが申し訳なさそうに此方を向いた。



「あの、良かったんですか?」

「良いんですよ、だって私、貴方に会いたかったんです」

「……え?」

「頼みを、聞いて欲しいんですよ」

< 397 / 554 >

この作品をシェア

pagetop