飼い猫と、番犬。【完結】
屯所に夕餉の匂いが漂い始めた頃、手筈通りに部屋に来てくれた山野さんと最後の打ち合わせをしながら準備を整える。
「寝たふりしとけば夕餉はそのまま置いてってくれますし、そのあとはもう誰も来ないんで部屋に戻ってもらって大丈夫です。あ、頭は極力出さないでくださいね、髪の長さで気付かれちゃうんで」
「わ、わかりました……」
流石に場所まではわからなかった私は、早々に出て御陵衛士の屯所がある高台寺の方に行くことにした。
少々不安そうではあるものの、替え玉まで引き受けてくれた山野さんには本当に頭が上がらない。
何があっても平助を助けなければ。
そんな思いで久々に髪を高くに結い、袴を履き、腰に刀を差すと一気に心が引き締まる。
すっと息を吸えば、気だるささえも凪いでいく。
ただ、以前に増して重く感じる刀だけはどうにも出来ず、仕方なく脇差しだけを下げていくことにした。
それでなくても落ちている体力を無駄に削られる訳にはいかないし、間違いなく脇道での衝突になるだろう闇夜には、長過ぎないそれが寧ろ丁度良かった。
「……すみません。ではお願いします」
「あ」
最後にもう一度頭を下げた私に何かを言いかけたその人は僅かに逡巡して、にこりと笑った。
「……いえ。お気をつけて」
それが気にならない訳ではなかったけれど、もうすぐ女中さんが夕餉を持ってやってくる。
あまりのんびりもしていられない私は気持ちを切り替え、笑みを返して立ち上がった。
「ええ、行ってきます」