飼い猫と、番犬。【完結】
間もなく逢魔ヶ刻。
この時間誰も近寄らない厩(ウマヤ)近くにある裏口から抜け出すのは意外と簡単だった。
良くも悪くも顔が割れている私は念の為にと持ってきた笠を目深に被って寅の方角(東北東)へ。
久し振りの外の景色はとても新鮮で、胸に広がる興奮に、高台寺へと向かう足も我知らずと速くなる。
しかしながら急く心とは裏腹に、屯所から遠ざかる程に今の己の体力のなさを実感せざるを得なくて。
息を吸い込む度に入ってくる冷たい空気に幾度も咳が溢れた。
道を聞き、時折足を休めつつ、漸くその門の側まで辿り着いた頃。既に辺りは濃い藍色に包まれていた。
けれど正面切って入っていく訳にもいかない私は、近くの路地に潜んでその時を待った。
途中で買った握り飯を食べ、他の人間に私だと気付かれないようにと覆面をして、じっと気を整える。
雲間に見える少し丸みを帯びてきた月が、いつもより冷たく通りを照らしていた。
温まった体が冷えてどれくらい経った頃だろうか。
遠くに、足音が聞こえた。
寝静まった京の町、急ぎ足で此方に向かってくるその音は明らかに異質で。
「夜分失礼致す!事は急を要す、どうか門を開けられよ!」
響いた声に、私はゆっくりを瞼を開いた。