飼い猫と、番犬。【完結】
暫しの別れ。
俺の腕をひっぱたきながらも、結局最後は穏やかな笑みを残して、沖田は伏見をあとにした。
五月蝿かった市村もいなくなり、むさ苦しい男達ばかりが残された奉行所は、色を失ったかのように不思議と少しずつ、空気が張り詰めていった。
年が暮れ、年が明け。
その日は突如として訪れた。
まだ三が日も明けきらぬ新春の京に、不穏な、乾いた音が突き抜けたのだ。
それは、このところ怪しく燻っていた志士の連中が挙げた、倒幕への狼煙──だった。
疾うに日も暮れ、冷たく澄んだ空気の中、空には細い引っ掻き傷のような月がゆったりと流れる雲間に見え隠れしていた。
そんな月から注ぐ、申し訳程度の微かな月明かりは、伏見を追われ、野営することになった俺達幕府側の人間からすれば、闇に紛れることが出来る都合の良いもので。
日中の激戦が嘘のようにとても、静かな夜だった。
「……ふー……」
林の中で、副長が見えない空を仰ぐ。
「お疲れやな」
「……山崎か」
珍しく疲弊した様子のその人は俺の登場にも驚かなかった。
否。文句を言う気力すらなかったのかもしれない。
戦闘の始まった昨日今日で多くの人間が死んだ。
その中には日野からの仲間である井上源三郎もいた。
あまりの分の悪さに遺体すら見捨てて逃げざるを得なかった事実は、指揮を執るこの人にとって堪えがたいものだった筈だ。
強気であればある程、負け戦は辛い。