飼い猫と、番犬。【完結】
「副長、手伝います」
そう言って俺を支えたのは、山口二郎こと斎藤一くんだった。
間者だったことをよく思わぬ一部の連中を考慮し、新選組に戻って以来名を変え、あまり表立った行動をしていなかった彼がこうして近寄ってくるのは珍しい。
「……死ぬなよ」
有無を言わさず俺の体を支えるその人は、前を見つめたままそんなことを言う。
俺を心配しつつも、その向こうに沖田を見ているような気がするのはきっと強(アナガ)ち間違ってはいないだろう。
勿論それは当然といえば当然で、決して不快という訳ではない。
寧ろ単独で動くことの多かった身としては、こそばゆさすら感じる心配のされように苦笑いして、細く息を吐き出した。
体が震える。
未だ焼けつく体内とは違い、血に濡れた背中は温かいのか冷たいのかもよくわからなくて。
息苦しさを覚えながらに目の前が霞んで、音が遠ざかる。
ぽっかりと現実から切り離されたような感覚の中、自然と脳裏に浮かぶのは一人の女。
あいつは、なんちゅうんやろか。
そんなことを考えてしまうのは、俺もまた周りの連中の向こうに沖田を見てしまうからだ。
……阿呆や。
戦場にいながら揃いに揃って一人の女を思い浮かべる俺達が酷く滑稽で、不思議と笑えてくる。
そんな危機感の欠片も湧かない俺は口許に薄く笑みを浮かべ。
騒がしく近寄ってくる人間をどこか他人事のように感じながら、落ちてきた瞼にそっと意識を預けることにした。