飼い猫と、番犬。【完結】
一月程経つと、姉上は家族で庄内(山形の辺り)へと移っていった。
貴女も、とも言われたけれど、姉上の家族にまで負担をかける訳にもいかない。
私にはもう、それだけの距離を歩く自信などなかった。
姉上のその気持ちと、ちゃんと家族に戻れたこと──今の私にはそれだけで十二分に幸せだった。
代わりに……なのだろうか。
そのあとすぐ、私は松本先生の紹介により、医学所から少し離れた千駄ヶ谷にある植木屋植甚の柴田平五郎さん宅の離れに移ることになった。
沢山の患者やお弟子さんに囲まれ、日々忙しそうな先生の手をこれ以上煩わせるのは辛かった。
それなら何処かで静かな場所で庭を眺めるのが良い──
そんな私に、そんなことはないと先生は止めたけど。
これだけは譲れなかった。
「……早く咲きませんかねぇ」
庭の桜を見ながら、独りごつ。
植木屋というだけあって、庭は色々な草木に溢れていていつ見ても飽きなかった。
庭を眺めたいと言った私の言葉を、先生は汲んでくれたのかもしれない。
田畑や雑木林に囲まれたこの辺りはどこか日野を彷彿とさせる──そんな懐かしい片田舎だった。
まだ茶色い枝の先にある蕾は日に日に膨らみ、じきに咲くだろうその薄紅の花を待つのが、此処に来てからの私の楽しみの一つだった。
「……あ、また来たんですか」