飼い猫と、番犬。【完結】
僅かに開いたままの障子の向こうに見えたのは小さな灯り。
すぐ側の渋谷川から迷い込んだのか、一匹の蛍が黄色い、仄かな光を放っていて。
少しだけ、嬉しくなった。
今の私にとって次のない季節の移ろいはどれも貴重で、眩い程に美しかった。
「……もう、そんな頃なんですね」
此処に来て、妙に増えた独り言。思ったことをそのまま口にするのは思ったよりも気楽で、楽しい。
ふわりとさ迷い、じっと庭の草に止まったその淡い光を暫く眺めていると、ふと土方さんの言葉を思い出した。
──『蛍は死者の魂なんだとよ』
昔、二人で行った蛍狩り。
意地悪く微笑んで言ったそんな言い伝えは、単に私を気味悪がらせようとしただけなのかもしれないけれど。
今なら思う。
たった数日、暗い夜に浮かぶその朧で頼りない輝きは確かに酷く尊く、儚げで。
それは、黄泉との道を結ぶ標(シルベ)なのかもしれないと──
「……もう少し、待ってくださいよ」
この数日、またあの子を見ていなかった。
私が縁側に腰掛ける時だけやってくるあの子。
近頃すっかり会えていない。
せめてもう一度……もう一度だけ、あの子の姿が見たかった。