飼い猫と、番犬。【完結】
鮮やかに晴れた春の空に薄紅の桜が美しく咲き誇った四月のとある日。
都会の一角にあるその大学でも、入学式が行われようとしていました。
「急いで奏(カナデ)!」
「急いでますってばっ」
入学生なのでしょう。
少しばかり背伸びをした雰囲気のある二人の少女が、既に人も疎らな校内を走っていきます。
四月にもかかわらず、温かい日差しに恵まれた今日。
彼女達の額にはうっすらと汗が滲んでいました。
そんな努力の甲斐あって、何とか式には間に合いそうです。
ですが学内を無闇に走るのは時に危険が伴います。
「うわっ!?」
「ひゃっ!」
角を曲がった瞬間、誰かとぶつかりかけたのは奏と呼ばれた少女。
幸いにも腕だけを掠めた程度で済んだ彼らでしたが、少女は慌ててその相手に声をかけました。
「すみませんっ!遅れそうで急いでてっ!」
「あーまぁええから早よ行き。遅れんで」
在学生なのか、この辺りでは珍しい関西訛りで話すその青年は、そんな少女を見てそう促しました。
「あ、有り難うございます!ほんと、すみませんでした!」
少女は離れたところで様子を窺う友人の元へと走ります。
青年も何事もなかったようにその反対へと歩き始めました。
きっと、互いの顔も数日のうちに忘れるのでしょう。
そんな日々の小さな出会いさえ、もしかすると私達は何かの糸で結ばれているのかもしれません。
袖振り合うも、多生の縁
なのですから。