飼い猫と、番犬。【完結】
橋の欄干に体重を預けてそっと簪を引き抜くと、生温い初夏の風が下りた髪を浚っていった。
顔に掛かった髪を耳に掛けて、手にした簪を見つめる。
小さな花飾りのついた銀の簪。
ひんやりと掌に冷たいそれは、日野にいた頃土方さんに貰った物だ。
もう、つけることはないと思ってた。それなのに結局捨てられずに京まで持ってきてしまった。
だから今日、これを最後に捨ててしまおう──そう思って、ここまでやってきた。
今の私には必要のないものだから。
祭の明かりをキラキラと映す簪をじっと眺めていれば、少しだけ思い出してしまった記憶に顔が歪む。
このまま手を離せば良い。
そうすればまた一つ、過去の自分を捨てられる。
だから、このまま。
……そう思うのに、手が動かない。
今までも、何度も捨てようとして捨てられなかった。
今日なら捨てられると思ったのに、どうして私はこんなに未練がましいんだろう。
弱く女々しい自分が恨めしい。
じわりと熱くなった目の奥を押さえようと細い簪をぎゅっと握り、欄干に置いた腕に顔を押し付ける。
祭の喧騒が、遠い。
「……江戸銀簪ちゃう?それ」