飼い猫と、番犬。【完結】
男の声だった。
面倒臭い。どうせ一人でいる女に適当に声をかけただけだろう。勿論、普段ならこんなのは絶対に相手にしない。
でも、上方訛りで話すくせにこの簪をそれだと気付いたそいつが何となく気になって。
淋しさもあったのだろう、気付けば私は無意識にそいつに言葉を返していた。
それでも顔は、上げなかったけど。
「欲しいならあげますよ。どうせ捨てようと思っていたんです」
言っても銀だ、決して安いものではない。売ればそこそこにはなるだろう。
捨てるのではなくこいつにあげる──そう思えば幾分気が楽な気もする。
頷いてくれないかなと勝手なことを考えた矢先。
「あー俺も今日は約束すっぽかされてあげる子おらんさかいええわ。それよか自分が付き合うてくれた方が嬉しいねんけど」
随分と明け透けな言葉が返ってきた。
……また潔いと言うかなんと言うか。
馬鹿正直でけろっと女を誘うその表裏のなさだけは嫌いじゃないと思えるが、だからといってほいほいついていく程私も馬鹿じゃない。
こいつは間違いなく関わりたくない部類の人間だ。
「……では他所を当たってください」
どうせもう二度と顔を合わせることもない。
私は顔を上げることもなく、愛想の欠片もない声でそう突き放した。
耳に静けさが戻ってくる。