飼い猫と、番犬。【完結】
流石に諦めてどこかに行ったんだろう。
風の音を聞きながら、私は再び祭の喧騒に意識を溶け込ませる。
「……ほんまにいらんのやったら捨てたらええけど、捨てれんのやったら持っときゃええねん。それにはそんなけの価値があるんちゃう?」
なのに、突如再び聞こえた男の声にはっとして、つい勢いよく顔をあげて後ろを振り返った。
けれどそこにはもう誰の姿もなくて、ただ橋を渡る人々の雑踏があるだけ。
……変な、奴。
気にならない訳ではなかったが、わざわざ探す程でもない。
私はもう一度欄干に凭れ掛かると静かに簪を見つめた。
簡単に言ってくれますよね。
無責任な男の言葉に苦笑いするも、それは小さく胸に引っ掛かる。
……それだけの価値、か。
京に上ると決めた時、過去は捨てなければと思った。女である自分を思い出させるようなものは要らないと。
でも……価値、そう言われるとこれは無価値なんかじゃない。
だってこれは過去で、過去は今の私の一部でもある。この過去がなければ私は今此処にいないかもしれない。
そう思えば確かにこれにはそれだけの価値があるのかも──
なんて。
「……単純」
ふ、と笑みが浮かんだ。