飼い猫と、番犬。【完結】
それから数日が経って、漸くあの騒ぎも徐々に落ち着きを見せ始めたとある日。
「……ん?」
屯所を吹き抜ける冷たい秋風に肩を竦めた丁度その時、庭から響いてきた音にふと顔を上げた。
硬い木を打ち合う小気味良い音が乾いた空気を震わせている。
稽古の時刻でもないのに……入隊希望者でしょうか。
軽快なのに重く、激しいそれにふつりと好奇心が湧き上がった。
久々に面白そうなのが来たみたいですね。
音だけでわかる強者の臭いに、自然と軽くなる足取りで私は庭へと向かうことにした。
そこでは同じく音に釣られたのか、既にパラパラと隊士が集まっている。
縁側の中心には局長である近藤さん、そして土方さんと山南さんの副長二人が珍しく勢揃いしていて。
そんな彼らが愉しげに見つめる先にいるのは、左之さんと打ち合う小柄な男だった。
肩程までの真っ黒な散らし髪に長めの前髪を頬に流した、少し下がった目尻が柔らかな印象を抱かせる細身の男。
大柄な左之さんに対峙するとまるで少年のようにも見えるでこぼこした彼らの手にあるのは槍の鍛練に使う長い棒だ。
着流しでは動き辛い筈なのに、黒いそれを着た男は襷を掛けただけで袴の左之さんに負けず劣らず渡り合っている。
しかも、
「兄ちゃん中々やりおるなぁ!」
「おうお前もな! 久々にまともにやり合えて俺ぁ嬉しいぜっ」
「いやーそない誉められると俺照れてまうわぁ」
その激しさとは対照的に、二人の間には何やらにこやかな会話が交わされていた。