飼い猫と、番犬。【完結】
あの時死んでいれば――
ずっと抱えていたそんな思いが頭に過る。
それをここまで繋ぎ止めていたのはあいつに手渡された総司の御守りだった。
でも、それでも胸にしとしとと募る蟠(ワダカマ)りは段々と大きくなっていくばかりで、もう見ないふりなんて出来なかった。
だけど俺には今更死ぬ勇気すらない。
死ぬことも生きることも出来ない俺は、もうただ屍のように残る時を過ごすしかないんだ――
「……幸せになる為ですよ」
そう、ぎゅっと唇を噛み締めた俺に不意に返ってきたのは、とても穏やかな声だった。
只々感情を吐き出し、そこに返事など求めていなかった俺は、彼女の言葉にはっとして顔を上げる。
「生きるというのは幸せになるということです。皆、幸せになる為に生きているんです。貴方に生きて欲しいと願ったその方も、貴方には幸せになって欲しいと思っていた筈です」
――総司
柔らかく微笑むその人はやはり彼女に似ていて。
まるで本人から言われているかのような錯覚に陥る。
それは、あの時出来なかった最後の会話のようにも思えた。
「難しい世の中でした。父も、あの足の怪我のことは決して口にしません。私ですら聞いたことがないのです。でも、それに不満はありません。だって私は今、十二分に幸せですから」