飼い猫と、番犬。【完結】
それなのに――
「離してって言ってるでしょう!?」
「ーーっ!!?」
周りからは死角になっているトイレ近くの細い廊下で、女の膝が奴の急所を蹴り上げる瞬間を見てしまったから怖い。めっちゃ怖い。
思わず俺まで大事なところに手が行ったのは最早本能的な条件反射だ。
「えげつな……」
南無、と心で手を合わせた俺から漏れた声が聞こえたのか、その女が慌てた顔で振り返る。
「……やっ、えと、これはですねっ……そのっ」
「あー……大丈夫、わかってるから」
苦笑いになったのは致し方あるまい。
それでも何とかさっと気持ちを切り替えると、涙目でうずくまって震えるそいつに笑顔で手を振り、一先ずその場から彼女を連れ出し席に戻ると、軽く自己紹介しながらそのまま彼女の隣に腰掛けた。
ガヤガヤとした騒がしい店内。
辺りは既に各々で盛り上がり、特にこちらを気にする人間もいなかった。
「自分連れはおらへんの?一人でおるからあんなんに声かけられんねんで」
「あ、や、向こうに……」
と、指差す先には男と楽しげに話す女がいて。
ああと納得した。
「……あの」