飼い猫と、番犬。【完結】
杯中の蛇影
鈍色の雲が一面に垂れ込める。
今にも降り出しそうな空を眺めているだけで、鬱々とした気が更に沈んでいきそうだ。
梅が散り桜が散り。
気が付けば季節はもう梅雨の候。
しとしとと続く初夏の長雨も、肌寒く感じたのは初めばかりで、今は大分蒸し暑さを孕んできた。
少々目立ち過ぎるあの浅葱の羽織も、もう誰も着ていない。
けれど皆が代わりに好んで着るようになったのは黒。
血に濡れても気にならないから──そんな理由で広まったらしいその色を見ていると、私にはどうしても一人の人間が頭に浮かんでしまうから困る。
いつも黒を纏った散らし髪の優男。
飄々と本意の掴めない猫のようなあの気紛れ男とは、このところずっと顔を合わしていない。
稽古にも顔を出していないから何かしらの任務なんだろう。
まぁ別に、顔なんて見たくもないんですけどね。
静かな毎日が戻ってきてくれて清々します。
ふと頭に浮かんだ顔を睨みつけ、見上げた空から視線を落とすと、庭に咲いた紫陽花の淡い色が目に留まった。
その青とも紫とも言えない微妙な花は雨の中でも……寧ろ雨に濡れているからこそ美しくて。
ささくれだった心が少し落ち着く。
その瞬間までは。