飼い猫と、番犬。【完結】
「どうかしたのか?」
後ろから届いた耳慣れた声に、心の臓が跳ねた。
途端に胸の奥がじくじくと疼き始める。
そんな少し前までとはまた違う痛みを振り払うように私は唾を飲み、笑みを貼った。
「いえ、紫陽花が綺麗だなぁと思って。土方さんこそ、忙しいんじゃないですか?」
先日、上京されていた将軍家茂公の江戸引き上げの際、私達は大坂までの警護を任された。
その間に溜まりに溜まった諸々のお陰で、この数日近藤さんと山南さんの三人は何やら屯所を出たり入ったりと忙しそうだ。
よく見れば隈が……。
ふと無意識に手を伸ばしそうになって、慌てて拳を握る。
もう、軽々しく触ってはいけないのだから。
「やっと一段落ついたとこだ。まぁまたすぐ忙しくなんだろうけどな」
「何かあるんですか?」
「……今はなんとも言えねぇな。ま、外出る時は用心しとけ」
「……はい」
こうして二人で会話をしていても、土方さんは前と全く変わらない。
なかったことにと言ったのは私。
ついていくと言ったのも私。
なのに私は完全に気持ちを切り替えることも出来ずにいる。
一方でこの人は、あの頃のことなんて忘れてしまったのかと思えるくらいに涼やかで。
ちょっと、苦しい。