薬指の秘密はふたりきりで

でも。

亮介に姉妹がいるって聞いたことがない。

確か、一人っ子の筈だった。


「あらあ、こんなところから地味オーラが出てると思えば、やっぱり佐倉さんじゃないの。相変わらず、手だけは、美しいわね」


神田さんは、手だけは、のところに力を込めて言って、受け付け用の極上な笑みを浮かべて悠然と立っている。

彼女も、私が亮介のことを好きなことを知っているのだ。今日帰ってくるって聞いて、一応牽制しに来たのだろうか。


「あなたももうじき30でしょう。いつまでもウジウジと長谷川さんを想ってないで、お局様って言われる前に、その手を武器にして、その辺の地味男を捕まえてさっさと寿退社なさったほうがいいわよ?なんなら、合コンに誘ってあげてもよろしくてよ?近いうち、地味な佐倉さん向けのがあるから」

「いえ、合コンは苦手なので、遠慮しておきます」


私がそう言うと、形のいい眉をぴくんとあげて瞳を見開いて、それはそれは大袈裟に驚いてみせた。


「あらぁ、まあ!そんな消極的なことじゃ、一生オトコが出来ないわよ?それとも諦めていらっしゃるのかしら。それじゃ、精々頑張って働き続けるとよろしいわ。私は、近々彼が出来る予定ですの」


オホホホホと、自信たっぷりな嫌な笑い方をして、颯爽と歩いて食堂を出ていく。


それを見送る紗也香のフォークを握る手がプルプル震えている。

神田さんの姿が見えなくなると、紗也香は、最後に残っていたうさぎリンゴをグサッと刺した。


「かーっ、性格最悪っ。何なんですか!あれ!自分だって30になるくせに!あーもうっ、気分悪い!」


しゃりっとリンゴを噛んで、先輩も大人しくしてないで、ガツンッと言いかえした方が良いですよ!って、ぷんぷん怒っている。

それを懸命になだめながら、食堂を後にした。

そのあと私は鬼のように仕事に没頭して、頭の中から、ショートカット美人の幻影を追い出すことに務めた。
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