薬指の秘密はふたりきりで
実際に亮介の口から聞くまでは、別れるなんて考えちゃいけないのだ。
でも。覚悟だけはしておこう。急に言われるより、事前に知ることができたぶんだけ、良かったかもしれない。
哀しいのは変わらないけど、ショックが小さくてすむ。
頭が冷えるのと同じく、玉ねぎもいい具合になっていた。
挽き肉、卵、牛乳で湿らせたパン粉、塩コショウを入れてコネコネし始める。
今は、7時、か。
亮介、何時ごろ来るのかな。
もうこっちに向かってるかな。
ぺたぺたと楕円に成形しながら考える。
朝からずっとスマホチェックしてたけど、lineには何も入ってなかった。
もしかしたら、まだ新幹線の中かも。
どうしよう、先に焼いておいて、来たら温めようかな。
「でもやっぱり来てから焼いた方がいいよね」
最悪の場合、亮介にハンバーグを作るのは、これが最後かもしれないのだ。
熱々の焼きたてを食べてほしいと思う。
美味しかったって記憶に留めて欲しいから。
2個並べて冷蔵庫に入れていたら、玄関のチャイムが鳴った。
覗き穴から見ると、背の高い男の人が立っている。
築30年オーバーの古いアパート。頼りない明るさの玄関灯に照らされてるのは、間違いなく、亮介だ。
解錠してドアを開けるとひんやりとした空気が入ってくる。
風に吹かれてサラサラと揺れる髪、清んだ目は変わらないけど、少し疲れてるみたい。
「亮介、おかえりなさい。出張お疲れ様でした。どうぞ。お腹すいたでしょ、すぐに食事の用意するね」
ドアをいっぱいに開くと、コロ付きの大きな鞄と一緒に玄関に入ってくる。
家に帰らないで、直接、こっちに来てくれたんだ。